【映画】Fukushima50(フクシマフィフティ)の意義とは

1995年の神戸の震災のとき、住んでいた大阪も大きく揺れた。神戸では知人が建物に押しつぶされ、交通は寸断され、その後奥さんになる同僚は片道3時間の通勤を余儀なくされた。このとき僕らはまさに当事者だった。

しかし、2011年の東日本大震災。我が家は小さな子供の世話でいっぱいいっぱいで、東北に馳せ参じるような余裕もなく、TVを通じて観客席から見守るしかなかった。

あのとき原発で何が起こったのか。TVでは知ることのできなかった現場を、門田隆将のノンフィクション「死の淵を見た男」を元に映画化した「Fukushima50」。昨夜地上波で放送されたので、遅ればせながら鑑賞した。

映画としては平凡。しかし意義はある。

「Fukushima50」★★★(平凡。だが意義はある)

原作のノンフィクションを未読なのでどこまでがフィクションでどこまでが事実なのかがよくわからないが、映画として評価するならばどっちつかずな印象。ドキュメンタリーかドラマか、どっちかにもうちょっと振ればもっと心に残る映画になったと思う。

ただし、映画化した意義は大きい。この映画の様々な場面を念頭に、原作を読むもよし、当時のニュースを振り返るもよし。あの震災と原発事故がよりリアルに理解できるのは間違いない。むしろこの映画はそのための導入と位置づけるのが正しい。

個人的に印象に残った場面といえば、津波のCG。あの場面だけで1年かかったとなにかに書いていたが、日本映画もようやく少しハリウッド映画に近づいてきたかと期待値が上がる。

あと意外な配役では、東北弁タレントのダニエル・カールが在日米軍将校役で出ていた。少し見ない間になかなか貫禄のある将校を演じられるようになっていて、へえと驚いた。あの人俳優じゃないよね?

でっく
でっく

危機を乗り越えて所員が家族の元に帰るシーンはさすがに泣いた


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